原子力発電所

(本質を見抜く力 第19話)


 東日本大震災が起き,福島原発が大惨事になっています.原発の危険性が心配されていたにも拘わらず,日本各地で原発が建設されたのは推進派の方たちの涙ぐましい努力でした.まずは安全性を訴え続け,時に他のエネルギー源と比較しての有効性と経済性を説明し,地球温暖化という環境問題が追い風になると,この時とばかりに環境に優しいエネルギー源として脚光を浴びせる.過疎化に困っている地方治自体には多額の補助金を出したり,国には天下り先としてのポストを準備したりするなどして,それまで中間派だった人だけでなく反対派だった人も推進派に流されていました.東電の会長も社長も決して悪気があった訳ではなく,安全性を信じ,必要性を実感した結果の原発に偏る推進行動であったと思います.このような涙ぐましい努力のお陰?で,多くの日本国民が安全であるのなら原発は必要と容認していたことも間違いありません.ただし,一般国民に安全かどうかの判断は困難で,安全性の判断は専門家に任せるしかありませんでした.

 私の元同僚にも元々原発で仕事をしていた方で,強力な原発推進派の方がいました.ホリエ門も書いているそうですが,確率の問題で飛行機,バス,タクシーと安全性の比較をするなど定年後は日本各地で一般の人に分かりやすい講演をし,電力会社に重宝されていました(ホリエ門はパクっているだけ!).私もその内容は知っていたのですが,それでも最終処分場問題や万々が一の危険性を考えるとドイツの緑の党の指摘のように反対をせざるを得ないと思っていました.

 ETTという委員会のメンバーをよく知っています.ETTでは原発を含む全国の発電所などの視察を行っていました.原発だけを回るのではなく,風力発電や地熱発電所,火力発電所なども上手に組み込んでいました.ETTは大臣経験者や知的芸能人など有名人を多く含む委員会で,メンバーを原発推進のオピニオンリーダーとして利用しようという魂胆が見え見えでした.オピニオンリーダーと言っても原発については素人の集まりなので質問をしてもそれなりの答が返ってくる仕組みです.私は,ETTは洗脳委員会だから気を付けた方がいいよと忠告はしていましたが,原発は心配だと質問してもたくさんの対策を講じているので安心してくださいという回答があるので表立った反対には見えなかったと思います.このように,原発は安全神話の元に安定した電力源としてのメリットおよび二酸化炭素削減の切り札として評価され,世の中は原発の容認へと流れていました.

 今回ほどの津波はもう来ないかも知れないし,国や発電所は同じ規模の津波に対しそれなりに耐えられる対策をすると思います.しかし,素人の私でも想定できる災害が他にいくつかあります.一つは直下型地震で例えば私が行ったことのある佐賀県の玄海原発では活断層の上にはないと説明を受けましたが,直下型地震が起きないことを前提に作ってあることが問題と思いました.次に考えたのは飛行機などによる事故あるいはテロです.原発に近づく不振な飛行機を無条件で速やかに撃ち落とすことができるかどうかです.ましてハイジャックされた旅客機を乗客ごと撃ち落とす覚悟を日本政府は持っていないと思います.これは,一人の狂った人間がしようと思えばできることです.さらに,日本で想定すべきが地震や津波であるように,多くの国で想定すべきは戦争です.北朝鮮などを除き原爆を持っている国の多くは大国で良識も持ち合わせていると思われているのですが,それでも原爆を抑止力と言うことは使う可能性を担保していることの裏表です.まして原爆を持たない小国でも独裁者が存在すれば,原発の存在は原発を持っている大国と対等に戦うための手段になります.どこの国でも独裁者が生まれる危険性があることが心配です.戦争の危険性のある国で原発は安全と言い切れないはずです.

 一方,ある企業(半導体を作る機械生産では世界第2位)と2010年から光透過型太陽電池の農業への利用と言うことで委託研究を始めています.10数年前に「熊本発地球環境読本」を共著で書いたメンバーで太陽電池のシンポジュームを熊本で行い,三洋電機の方によると大学関係として初めてのシンポジュームをしたこともあり,こう言う形で研究を通して貢献ができることも巡り合わせと思ったものです.副会長や社長は波野の家にも来てもらうなどアウトドア派の素晴らしい方で懇意になりました.私はシャープや三洋電機が世界一の生産と技術を持っていた時,なぜもっと力を入れなかったのかと歯がゆく思っていました.今,その太陽電池が再び脚光を浴びる日が来るかも知れないと期待を寄せています.  


 

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