温泉

(本質を見抜く力 第5話)


 私は100円の温泉によく行きます.100円の温泉には変なところはありません.逆に高い温泉は必ずしもいい温泉とは限りません.こう書くと変に思う方が多いかも知れませんが,その理由を簡単に言うと100円の温泉はお湯がたっぷりあり,高い温泉は,お湯を循環しているところが多い傾向があるからです.田舎だから安いというわけでもありません.私はオイルショックの折,福岡にいました.銭湯は100円から一気に200円に値上がりしました.その時,近くにある二日市温泉だけは100円のままでした.そしてその理由が,私が100円の温泉を好んでいく理由です.それは,二日市温泉は石油を炊いていないので値上げをする必要がないというものでした.都会にあるその二日市温泉はまだ100円のままです.それなのに,その温泉より設備はよいが,循環型の値段の高いホテルの温泉に行きたがる人が多いです.私の下の娘は東京のど真ん中でたまたま300円の温泉を見つけ,東京に行く度入っているようです.東京の温泉は,どこも鉄分が多く,赤い色をした温泉だそうでその内行こうと思っています.

 最近のホテルの温泉は,サウナがついていたり,湯量が少ないので重油で湧かし,循環型でその結果塩素で消毒して清潔にしてあります.私は温泉に行ってまでサウナに入る必要を感じないし,塩素くさい温泉に入りたいとも思いません.施設としては「うたせ」があればたまに使うくらいで,サウナの他,電気風呂,泡風呂,薬草風呂など温泉のムードを壊すと思っています.田舎のホテルの中には,お金のかかった施設の方がよい,かけ流しの温泉より循環式の方が衛生的,現代的で洒落ている,と思っている所もあるようで,ホテルの裏の地獄からの温泉らしい白濁した豊富なお湯もあるのに,わざわざ循環式で殺菌した透明な温泉(普通の湯?)を大浴場にし,地獄からの白濁した豊富なお湯は狭い露天風呂だけに使っているところもありました.私の入りたい温泉は入湯料に関係なく湯量の多い本物の温泉です.

 私も温泉には,結構たくさん入っていますが,よい温泉を見抜く力がようやくついて来たような気がします.私にとってよく行く100円や200円の温泉は銭湯代わりですが,循環式の温泉よりずっといいと思っています.久住の「坊がつる温泉」や富山の「下の廊下」にあった温泉など入るのに片道3時間から一日も歩かないと行けないところにある温泉はそれだけで価値があります.諏訪の片倉館の「千人風呂」や松山の「道後温泉」,兵庫県の「有馬温泉」のような歴史のある温泉もいいし,大自然の中にある露天風呂(全国にたくさんあります.近くにある「垂玉温泉」の滝の湯は中でもお気に入りです.)は,大好きです.川の岸壁をくりぬいた九重町の「壁湯」,久住の「寒の地獄」など驚くような温泉も面白いです.また,地元の方が入る温泉も安いだけでなく,ムードも結構好きです.

 体をきれいにするためだけに入るのであれば何も温泉に行く必要はなく,それぞれの温泉の持つ効用の他,一般に,汗を流し,疲れた筋肉をほぐし,精神をリラックスさせるために入ります.森林浴や香りも楽しみながらのんびり入るのも楽しみです.また,温泉に行くまでの過程,家族や仲間との語らい,温泉の後の食事などその他のムードも大切です.

 湯質は,石けんの泡立ちの悪い酸性湯,皮膚がぬるぬるするアルカリ性の湯,中性の湯(単純泉)の3つに大きく分ける他,湯の花や濁り,硫黄やラドン,鉄分などの成分の違いによる色や匂い,あるいは温度によっても異なり,好き嫌いは,好みの問題です.

 温泉の入り方は,昔ながらがいいと思っています.最近の若い方にはしつけのいい方も多く,後に入る方のために公共の風呂では体を石鹸で洗ってから入る傾向があるようです.体を石鹸で洗わないで入った時,学生から「マナーとしてよくないのではないでしょうか」といわれたこともあります.また,公共の浴場でなく,家の風呂でも「最後でなかったら体を洗って入ってよ」と娘から言われたこともあります.しかし,100円の温泉など私が好きな温泉では,体を洗って入る必要はありません.湯量の多い温泉では,地元の人は,みんな体をお湯で流すだけで入ります.これが,日本の元々の風呂の入り方です! 冬などは,特に一度入って体を温めた後に体を洗ったりするものです.それどころか,温泉の本を読むと,「本当の温泉の入り方」の中に,本物の温泉,特に石鹸の泡立ちの悪い酸性泉や石鹸を使わなくても皮膚がぬるぬるするアルカリ性の温泉では,(最後まで)石鹸を使わないこととなっています.使う必要がないし,使わなくても十分だそうです.かけ湯をして上がるのも温泉の成分を洗い流すのでもったいないと書いてあります.温泉によっては,その「本当の入り方」にこだわって石鹸などを使わせない所もあるくらいです.そこまで言わなくても,また,(循環式の温泉などで)若い人が体を石鹸で洗ってから入るのは,(それなりに)いいマナーだとしても,本当の入り方(?)を非難するのは止めてほしいものだと思います.

 平成の大合併で3つの村が一緒になって南阿蘇村が誕生したので村営の温泉が7つになり,村民は200円で入れるようになりました(実際は,村民は税金を出しているのですが).私の場合,その他にお金を取られない温泉も2,3あります.その一つを紹介します.今から5,6年前阿蘇山の中腹に急に蒸気が立ち上がったそうです.今でもゴーゴーと地鳴りをあげて蒸気が噴出しています.そのすぐ下にFさんが建てた手作りの温泉小屋があります.そこでは,その後,電気も引き,冷蔵庫などもあって檜(ひのき)の湯船は4人くらいならゆっくりつかることができます.その息子さんが私の研究室の卒業生ということもあって,F君がアメリカに2年ほど行っていた間も家族ぐるみの付き合いをしており「いつでも来てください.合鍵を貸しましょうか」と言われているものです.Fさんの家族以外,私の研究室の学生だけが入れますので,「研究室の温泉」と学生には言っています.蒸気が10km以上先の大津町からも見えるくらいのすごい規模の地獄なのですが,旅館も,一般の温泉もありません.温泉を掘り当てれば,旅館を建てたがる人が多い中で,地図に載っていない温泉が阿蘇にあることなど私も最初に行った時にはびっくりしました.タオルを風呂に入れても,何をしてもいいし,地獄を独占できる贅沢を味わえます.泉質も最高です.一般の地図にも載っていない,細い林道を10分ほど走らせないと入れないのが難点で,地元の人もあまり知りません.温泉というより,地獄,あるいは小さな火口と言った方がいいようなところですが,秘湯中の秘湯です.

<Nov. 28, 2006>

 P.S. 2006年の10月には,活動がさらに活発になって新しい噴気孔もでき,泥火山と名付けられ,テレビなどでも話題になり,国土交通省や研究者だけでなく,野次馬も次々に来ているようです.私も学生と見に行きましたが,新しい火口?には,泥が吹き出しており,迫力満点でした.

 家内も温泉が好きで,忙しい中,旅行に行くと便利のよいビジネスホテルに泊まるより田舎の温泉に泊まることも多いようです.山形市で仕事があるのに,蔵王の国民宿舎まで片道1時間近くかけて泊まりに行ったようです.面倒と思ったら楽しめません.その蔵王温泉ですが,細菌も生きていられないpH2.7以下の強い酸性のため,皮膚病など温泉の効用は他の温泉以上に多いのですが,入浴感も強力で体力も消耗が強く,入浴後すごく疲れたようです.顔を洗うと目がひりひりし,硫黄の匂いが強く,数日経っても肌がかさかさすると言っていました.色んな温泉があるものです.私の生まれは,温泉の多い鹿児島,大分,熊本の3県(他に多いのは北海道と静岡県)に囲まれている宮崎の延岡で,温泉と言えば別府が一番近いぐらいで温泉は憧れで,大旅行でした.その思いが私を温泉好きにさせているのかも知れません.今は阿蘇で仕事をしており,仕事の帰りに銭湯気分で温泉に行くこともしばしばです.

 ここまで書いて学生時代可愛がってもらった柴田ツネ子さんを思い出しました.長く会っていないのですが,外国の山からのハガキや,1年の山と温泉の記録が時々届きます.底抜けに明るい方で,一度会うと誰でもその魅力に引き込まれてしまいます.「山と渓谷」に紹介が載った時などコピーが送って来ましたので山の好きな方の中でも別格だと思います.また,全国に山の友達が多いので,誰か彼女のことを書いていないかと検索したら出て来ました.「山といで湯のひとり旅」です.書いてあるように,ほとんどが,単独行です.私も若い時には毎週のように山に登っていたから分かるのですが,あれだけ回数が多いといつも一緒に登ってくれる人を捜すのは無理で,多くは単独行になります.初めての山だけで年間50も登るとなると近くに登る山がなくなり,九州や日本の百名山などの他,今年は,大分県,次の年は,中国,近畿,中部,関東,東北,北海道など,その地元の山好きの方でも登っていないような低い山まで地図で探しては日本中の山を片っ端から登っています.ここ20年ぐらいは外国の山にも毎年1,2峰,登っています.決して裕福なわけではなく,若い時にはホームヘルパーをしながら,山好きのご主人や家族の理解のもと一年に100〜200日(毎週,土・日だけでは100日くらいしか山に行けないことに注意)を山で過ごし,帰りに温泉を楽しむという人生を送っています.気付いているのは私だけかも知れませんが,このような生活を30年以上も続けた人は日本の今までの歴史の中でもいなかったのではないかとさえ思います.私の好きな若山牧水でもここまではいかなかったでしょう.毎年の山と温泉の記録を見ると温泉も1500以上訪れています.山の数も大体同じくらいだったと思うのですが,年に新しい山や温泉を50訪れたとしても30年以上かかることを考えるとギネスものと思います.何度も行っている山や温泉も多いと思うので延べにするとその数は,さらにすごいです.その柴田さんに一度「研究室の温泉」に入ってもらいたいと思いました.屋久島,大崩山,久住,宝満山,背振山,・・・,一緒に登った山々を懐かしく思い出しました.