みなまたツアー
 『公害の町から環境都市へ』生まれ変わろうとしている水俣市を九州東海大学農学部農学科の田中孝幸・水谷高幸が預かっている学生が見たいと言うことで1999年12月18日(土)に総勢17名で行って来ました.以下は学生がまとめたツアー記録です.

 人類史上類を見ない産業公害を経験した水俣になにが起こったのかを正しく知り,今、その教訓を生かし水俣はどのように生まれ変わろうとしているのかを実際に見に行きました!
 
見学場所
水俣病資料館
 水俣病の経緯を整理し、水俣病の歴史と現状を正しく認識し悲惨な公害を二度と繰り返してはならないという切なる願いと、貴重な資料が散逸しないように収集保存し、これを後世への警鐘としていくことを目的としている。
0966−(62)−2621
 
 熊本県環境センター
境センターは環境問題への正しい理解と認識を深め環境にやさしい行動を推進していくために学習の場と情報提供をすることを目的としている。
0966−(62)−2000

学生の感想
 有賀 景子 <ごみ>水俣では外国の様に将来のために今できることに敏感になっていてゴミの21品目の分別などリサイクルにも積極的でそれに比べると、今住んでいる長陽村をはじめ他の村や町などはこのままいつまでたいした分別もせずにリサイクルできるものをゴミとして捨てていくのか。埋立地も少ないのに、そんなことでは将来もっと早くに住みにくい地球になってしまうと思う。
<水俣病>先天性の女の子の「生ける人形」がとても印象に残っている十何年も意識がなく生き続けると、その家族を思うと水俣病がますますこわく感じた。水俣病がまだ伝染病だと思われていた時に語り部さんのうけた身内からの拒絶、いじめのお話は世の中の間違った知識によって偏見をうけものすごい孤独感をうけてしまうんだと、情報のこわさも知った。
有木 健一 水俣病の体験者、目撃者の人たちも時間をへるごとに人々の記憶から少しずつ消えていくのかもしれないと思った。大切なことは、水俣病の事実を(心境もふまえた上で)、私たちが後世に伝えていくことだと思った。 有留 千絵 21種類の分別を実際やってみて、大変な事だと思ったけれど、3Rを実現し地球に優しい環境を実際につくっている水俣はすごいと思った。これから私達の住んでいる町も、もっと水俣のように取り組んでいくべきだと思った。 池辺 陽一 今まで教科書でしかふれることができなかった問題であったが、実際に現地に行き話などを聞くと奥にある深いものが見えてくるような気がした。自分たちが知らないこともたくさんあった。水俣市では過去にあった出来事を教訓として全国的にいろいろなことも広げていってほしいと思う。 伊藤 あや 私たちの住む長陽村では、ゴミの分別が3種類しかないため再利用できるものも、なかなか・・・といった状況にある。その点、水俣は21種類の分別、さらに来年には24種類もの分別になるということで『リサイクル』にたいして、とても積極的に取り組んでいる市だと思った。今日の話の中で『まぜればゴミ 分ければ資源』という言葉はとてもいいスローガンだと印象付けられた。そして、これを私たちが住む村でも生かしてリサイクルに努めなければならない。 伊藤 孝浩 水俣研修に行き、ゴミ問題や、水俣病のことを勉強して今まで以上に知識も増え、自分から遠い様に感じていた問題が近く感じるようになり、今日の研修は様々なものを考えさせられて、いいものとなりました。 糸田 和嘉 水俣研修で、ゴミに対しての考えがとても進んでいると思いました。水俣の町もとてもきれいだと思いました。水俣病の語り部さんの話を聞き、ただ病気だけの苦しさだけじゃなくて世間の目やいじめなどによって、精神的にも苦しかったと聞きとても心が痛みました。水俣のことは決して忘れてはいけないと思いました。 井上 雅彦 今、水俣でとれる魚は安全だと言われているが、いざ目の前に出されると少し考えてしまいます。しかし、水俣の人たちの環境に対する考え方には驚かされ、水俣病だけではなく、今起こっているダイオキシンなど将来のことも考えているんだと思いました。きずいた点としては、町から離れていくにつれて、家の庭でゴミを焼いたあとや、焼却炉が目立ち処分が難しそうなタイヤなどが落ちていることでした。 岩田 浩 今回、水俣を訪れてみて、今ではここであの悲惨な水俣病があったなんてほとんどわからないが、資料館などを見学して水俣病の怖さ、また、病気だけでなくそれについての間違った情報が原因での周りの人たちからの偏見や、差別を聞いたとき教科書にはのっていない本当の水俣病の怖さを知った気がしました。また、その恐ろしさを知った水俣の人々だからこそ、その病気の根源にあった環境破壊の恐ろしさ、自然のありがたさを知り、今の先進的な環境への取り組みへの原動力となっているんだと思い、自分もこの見学で感じた怖さを忘れず、今、自分が環境破壊の防止のために何ができるのかを考え取り組みたいと思いました。また、水俣は環境の大切さを知る町として、ほかの地域を引っぱり、その教訓を広く伝えていってほしいと思いました。 上田 朝美 熊本県環境センターを訪れて、とても驚いたのはゴミの分別がきっちりおこなわれていた事と、分別のこまかさだった。ビン一つにしても5種類に分別してあるのには驚いた。私が住んでいる長陽村はゴミの分別がほとんどなされていない状態なのでとても恥ずかしく思った。またゴミ減量の基本「3R」といのも今日はじめて知り、その中のひとつに「リユース・・・何回も使う」とゆうものがあったが、消費量が多くて、二酸化炭素の増加が問題である今の時代から環境にやさしい生活ができる豊かな生活をめざして美しい地球を残していけるように心がけたいなと強く思った。水俣病資料館では、実際、水俣病でくるしんでこられた方の話を聞いた。この話を聞いて、水俣病の苦しみ、つらさがとても伝わってきた、水俣病の知識があまりなかった私にとってはショックが大きかった。現在でも水俣病にくるしんでおられる方、病気でなくなった方々のことは、今後も忘れることはないと思う。今日の水俣ツアーは私にとって、とても考えさせられる1日となった。 上村 英輝 この水俣研修で水俣病になった、杉本さんという方のお話を聞き、その頃は水俣病は伝染するといわれていて、周りの人たちから非難され、また、親戚の人たちからも非難され、だれにも頼ることができずものすごくつらい日々を送ってきたということが胸が痛むくらい分かった。でも、家族という大きなものが自分のことを助けてくれたと言われていた。今回の研修で様々なことを学んでとても勉強になった。最後に言いたいことは「みなまた」というところはとてもきれいな所でした。 大河 秀峰 今回の水俣研修で、水俣病というのがどんなに水俣の人々を苦しめ、また、その被害者の世間からされた仕打ちがどんなにひどいものであったかという事を知ることができた。水俣病の恐さを今まで以上に知る事ができたという点でよい研修だった。
 
岡本 康男 僕は「水俣病」についてのかたりべさんの話を聞くまで、どれだけ「水俣病」で苦しんできたかよくわかっていなかった。
その当時は「水俣病」は、うつると勘違いされていて、近所の人や親戚にも嫌がられたり、誰に聞いても原因をおしえてくれず、とてもつらいおもいをしてきた。だからもう水俣病のようなことが、絶対起きないようにしてほしい。

水俣市のゴミへの取り組み
 今回の水俣ツアーは,水俣で何があったのかを知ろうと言うよりは、水俣病を経験した水俣の人々がいまその教訓をもとに何をしようとしているのかを実際に見たいと思い企画しました。21分別の資料を以下に掲載しますので参考にしてください。
 

 

 

 

 

 

 

 

 
資源ゴミ

 
 
 
 
 

 ビン類

 
 
活きビン
酒類
ビール
清涼飲料
その他
 
 
 
雑ビン
板ガラス
黒色
水色
緑色
茶色
透明
 

 空き缶

スチール
 
アルミ
 

 金属類

 

 

 紙類

 

新聞
ダンボール
その他
 

 布類

埋め立てゴミ
 
有害ゴミ
 
粗大ゴミ
 
燃やすゴミ
 


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