有機農業3



 無農薬栽培


 有機農産物とは,無農薬,無化学肥料で栽培されたものを指し,有機肥料だけで作られたものでも農薬をたっぷり散布されたものもある。人の健康を守るために、消費者は、有機肥料より無農薬栽培に注意すべきである。なぜなら、化学肥料は、窒素、リン酸、カリなどの植物の栄養成分であり、毒性はないのに対し、農薬には多かれ少なかれ、毒性があるからである。
 ここでは、農薬をできるだけ用いない栽培方法,防除方法について具体的に説明する。



農薬とは

 最近の農薬は、奇異に感じるかも知れないが、取扱い上の分類の毒物、劇薬、普通物のうち、毒物は、非常に少なく、普通物が多くなってきている。しかし、昆虫に毒性をもつ殺虫剤などがヒトのからだに良いわけがなく、普通物といっても急性の中毒を起こさない分、蓄積されているのかもしれない。また、用途別の分類では、殺菌剤、殺虫剤、殺ダニ剤、植物ホルモン剤、除草剤などに分けられる。
 近代の農業は、農薬に対する依存性が特に高く、農薬なしでは、世界の食糧の供給は数十%減り、したがって世界の人口のうち数十%は餓死するかも知れない。それでも農薬は使って欲しくないというのは、お金で食糧の量が確保でき、より安全な食物を求める余裕のある先進国に住んでいるからであろう。
 無農薬栽培というと宗教がかった団体が多く、自分達だけの技術、あるいは非科学的な方法で行っていることが多い。また、理念だけにとらわれている消費者団体の中には、十分な収量がなくても、品質が悪くても、農家収入を保障しようとする団体もある。しかし、こういう所はあまり長く続かないと思われる。
 これに対し、農業の研究や現実的な農家など無農薬栽培の難しさを知っている人の中には、無農薬栽培は夢物語で、農業を知らない者がいっているだけと相手にもしない人が多い。確かに、有機肥料栽培はやる気になればできるが、無農薬栽培は、努力してもできない作物あるいは時期が多いからである.




環境ホルモン (内分泌撹乱化学物質)

 環境ホルモン(Environment Index)として環境庁の「外因性内分泌撹乱化学物質問題に関する研究班中間報告書(内分泌物質67物質群)」は、「奪われし未来(Our Stolen Future )」を著した Colborn らの論文等(5文献)で取り上げられた63物質とその類縁3物質及びトリフェニルスズを加えた計67物質をリストアップしており,さらに(社)日本化学工業会では、143の物質(内分泌撹乱関連物質)が「正常な内分泌系の活性に若干の変動を及ぼし、その作用が軽微にとどまるものもこのリストに含まれていると推定」している。これらはいずれも、細胞レベルでの作用が確認された程度で、人体を用いた実験ができないのでヒトに対する有害性が確認された物質リストではないが,環境庁がリストアップした67の化学物質の内,少なくとも半分以上の45の物質(環境ホルモンリスト)が農薬かあるいは農薬を作るときに発生する物質であることに驚く。そこで,農業に関係するものとして環境に優しい農業技術の研究を始めた.
 レイチェル・カーソンが,沈黙の春を著してからそれまで食糧増産のための夢の物質として考えられていた化学物質,特に農薬,の持つ危険性,すなわち,急性毒性,慢性毒性,催奇性,発ガン性などに関心が持たれるようになってきた. 農薬は,病害虫を殺すだけでなく,天敵やその他の有効な微生物,また病原菌など1種類の生物だけが急速に蔓延するのを防いだりして間接的に役に立っているであろう常在菌やその他の生物をも殺し,生態系を単純化する.




土壌消毒

 2005年からオゾン層の破壊物質とされているため土壌消毒剤として広く利用されている臭化メチルの使用が禁止される.土壌病原菌が蔓延すると1戸の農家だけではなく大きな産地が潰れることがある.
 20年ほど前,外国のシダの胞子の培養をしようとしたことがある.貴重なものなので,ミズゴケをオートクレイブにかけて121度で滅菌して播きました.その結果,ミズゴケの表面に真っ白なカビが生えてシダの培養はできなかったのだが,オートクレイブさえかけなかったらカビが生えることはないことを考えると常在菌の役割を実感したものです.
 農家が作物を連作していて土壌病害のため作物が作りにくくなると臭化メチル剤などで土壌消毒をします.数年前,イチゴ農家で萎黄病が発生し,調査をしました.クロルピクリン剤で前年土壌消毒したハウスと当年したハウスおよび土壌消毒をしていないハウスがあり比較して調査した結果一番被害の大きかったのは前年土壌消毒したハウスで一株に症状が現れるとその周りの株もすぐに感染した.この理由として,当年土壌消毒したハウスでは当然フザリウム菌が死滅していたこと,土壌消毒をしていないハウスでは発生株は見られたが,常在菌が多く存在し,簡単には蔓延できなかったことが考えられた.この結果を踏まえて農家には化学薬品で消毒する必要があるのであれば毎年消毒した方がよいこと,あるいは消毒の後,VA菌の様な有用菌を散布し,急激な蔓延を押さえるようにした方がよいことをお話しした.
 また,化学薬品による土壌消毒ほど信頼性はないかも知れないが,イチゴの収穫が終わった後水田にして生態系を変え,フザリウム菌の密度を下げたり,生育が早くバイオマスとして有効で,雑草化しにくいトウモロコシやソルゴーを栽培し,鋤きこみ,イチゴのハウスで用いていたプラスチックフィルムで被覆し,夏の太陽の熱と有機物の分解の時発生する熱で土壌消毒をする方法も検討してみてはどうかと話した.この方法は,有機物の還元にもなる.
 JICAの仕事でバングラデッシュに行ったとき普通であれば連作障害の起こりやすい緑豆(ヤエナリ,モヤシの材料)でも深イネ(Deep Water Rice, あるいは浮きイネFloating Rice)地帯では全く連作障害が現れないことに驚いた.連作障害を押さえるのに湛水する効果はかなり高いものと思われるが,湛水をすると水に強くかえって蔓延する病気があるかも知れないので気を付ける必要がある.日本でコメを2千年もの長い間連作障害もないまま作れているのは,冬には水田が畑になり,連作ではなく輪作を行っていることにもよるのかも知れない.畑の雑草は水の中で死んでしまうように水田と畑という生態系の大きく異なる環境では多くの他の病害虫も生き残れないであろう.



旬の野菜の安全性
 旬のものは、また、露地で作ったものは、安全だと思っている人も多い。しかし、旬のもの、露地で作ったものは、反って農薬を多く用いていることも多い。露地で野菜を作れる時期は、病害虫にとっても繁殖しやすい時期で、いくら消毒をしても外から入ってくるので、農薬の散布回数を増やさなければならないからである。逆に、寒い冬には、ハウスの中を一度消毒しておけば外からの侵入もなく、農薬散布の回数も少なくて済む。また、夏の雨除け用ハウス栽培は、発生する病気を減らすために行っているのであり、当然露地栽培より農薬の散布回数は少ない。旬のものより冬場の野菜が、露地のものよりハウスのものの方が、安全な時が多いという所以である。
 一方、作物によっては、無農薬で作れる時期もある。その時期には、お金と労力と危険を払って無駄な農薬を散布する農家はないので、一般に売られているものでも比較的安全と思われる。
 無農薬栽培は、得てして、放任栽培、手抜き栽培と勘違いされやすい。努力なしの無農薬栽培では、まともな野菜は採れないが、やり方によっては、低農薬あるいは無農薬でも立派な野菜が収穫できる。

耕種的防除


病害虫や雑草の防除の基本は、栽培管理である。雑草は、手や鎌などで取るのが一番で、雑草の種をこぼさないくらい完全に除草しておけば、次の年の除草は楽になるし、もちろん除草剤も用いる必要はなくなる。病害虫も同様で、前の年病害虫を発生させなかったら、消毒も少なくて済む。十分な栽培管理が良い循環を生むのである。農薬を用いる必要がある時でも、毎日よく観察し、早期に病害虫の発生を発見でき、そして早期防除ができれば、農薬散布の量、回数を少なくできることになる。また、肥培管理がよいものには病気は少ない。たとえば、元気の良いハクサイには軟腐病は少ないが、肥料欠で、下葉の枯れ上がったものには葉の落ちた痕から病原菌が侵入する。無農薬栽培と放任栽培の違いはここにある。
 このように、防除の基本は、栽培管理といってよいが、これまで栽培管理の徹底だけではできなかったものに対し、以下に述べる技術は、無農薬あるいは低農薬栽培の助けになるものと思う。



除草
 農業(作物の栽培)の基本は,除草であり,管理の行き届いた畑,庭と言うときその判断は,まず除草が良くなされているかと言うことである.非常に原始的な生活を送っていたパプア・ニューギニアなど開発途上国でも除草は良く行われていたし,反対に人件費が高い日本など先進国では除草が追いつかないことも多い.確かに,農薬(除草剤)を用いなくてもできるのが除草であるが,時間がかかり,面倒なのも除草で,農業の近代化の中で除草剤の果たした役割も大きい.
 除草剤を多用することによる土壌微生物などの死滅,生態系の破壊,散布する農家あるいは農産物を通じての消費者に対する農薬による健康障害の危惧など除草剤の利用が見直されてきている.特に,有名なのは,ベトナム戦争で用いられた枯葉剤の中に除草剤を生産するときに副産物としてダイオキシンが生じ,多くの奇形児を生み出したことで,これは,日本の水田の中にも驚くほどの量が蓄積され,環境ホルモンとして再びクローズアップされている.しかし,それでも除草剤の利用無しで農業を行おう,農家経営が成り立つと思っている農家は少ないであろう.除草剤を用いることで,生産性が上がり,大面積の栽培が可能になり,また,農家の仕事,特に女性の仕事,が軽減されたからで,除草剤なしに現在の農業,農家の生活が成り立たないからである.

 ここでは,できるだけ農薬(除草剤)を用いない技術の紹介を行いたいが,まず除草剤の種類,用い方について説明する.除草剤といえば非選択制の除草剤,すなわち噴霧すれば植物が全て枯死してします様なものを思い浮かべる人も多いかも知れない.荒れ地や道端の雑草が立ったまま褐色になって枯れているのがそれで,葉緑体の中で行われている光合成の阻害剤などを除草剤として用いている.しかし,非選択制の除草剤以外にも種子の発芽を押さえる発芽抑制剤,特定の植物だけを枯死させる選択制の除草剤も多く用いられ,土壌消毒剤も土壌病害虫だけでなく,除草効果も高い.発芽抑制剤とは,苗は枯らさないが種子の発芽を押さえる除草剤で,苗を植える水田や移植栽培をする畑などでは,作物は生育するが雑草の種は発芽しないので,収量が上がるというものである.選択制の除草剤というのは,芝生の除草剤のように単子葉植物には影響が少なくて,双子葉植物には枯死作用があるようなものである.植物成長調整物質の一つであるオーキシン類はある濃度以上になると生育を阻害する作用があるが,植物によって感受性が異なり,その感受性の違いを利用して選択制の除草剤として用いられる.
 しかし,よく考えてみると,捕まえにくい害虫,目に見えない病原菌の防除などと異なり,雑草は大きくて動かないのでしようと思えば農薬を用いない防除,すなわち除草,は,比較的容易にできる.
 最も原始的な方法は,手による除草で,英語で庭仕事の好きな人のことをGreenthumb と言うくらい今でも最も普通に行われている.特に,作物の株元や植木鉢の中などでは除草剤などを用いることができないのでこれからも重要な除草方法であることは間違いない.次にホー(草刈り用のクワ)や鎌,移植ごてなどの道具を用いた除草で,面積によっては,農薬を用いるよりも早くて簡単なときがある.農学部で教えていると農家出身の学生は比較的安易に除草剤を使いたがる傾向があるのに驚く.除草剤の方が簡単だという概念を植え付けられているためで,例えば5mX20mの狭いビニールハウスの周りくらいであれば,ホーを用いて30分もかからない.農薬代など経費もかかるし,環境にもよくないだけでなく,除草剤を調合して噴霧器で散布し,噴霧器を洗うとなればそれ以上の時間がかかるのにである.面積が広くなると除草剤を用いたときの方が楽になることは間違いないが,庭師の中には狭い庭にわざわざ除草剤を散布する人も多いようである.日本人は,このような除草をするとき,軍手をすることが多いが,安全性だけでなく効率もよくなる.これも一つの技術であろう.除草の基本は耕種的防除で,雑草の種をこぼさないくらい完全に除草しておけば、次の年の除草は楽になり、除草剤も用いる必要性も感じなくなるかも知れない。
 次に,刈り払い機や芝刈り機などの機械を用いた除草はさらに能率が良く,日本でも手動の芝刈り機だけでなく,エンジン付きの様々な芝刈り機が見られるようになってきた.トラクターを用いた鋤やロータリによる耕起やクワやスコップによる耕起,畝立てなどには土壌を砕断して物理性を良くするだけでなく,除草効果もある.しばらく用いない畑でもロータリーをかけておけば次の作付けの時,除草が楽になる.

 除草剤の使用に替えて、あるいは除草の労力削減のためにマルチの利用を勧めたい。マルチとは敷きわらなどで根のまわりを覆うことで、最近では、雨による肥料の流出や土壌病害、乾燥を防ぐため、ビニールなどで畝を被覆することが広く行われている。黒のビニールマルチは除草効果もあり,地温を上げる必要がなく雑草の多い夏場に栽培するときに用いられる.黒は熱の吸収性は高いが,光を通さないので地温が下がり,冬期の栽培では透明マルチを用いる.一方、欧米では、マツなど材木の皮を3〜5センチ角に切ったものを、花壇や街路樹などにマルチとして用いており,私も以前から奨めていたが,最近日本でもようやく見られるようになった。これらの樹皮は腐りにくいので、5センチ以上の厚さに敷けば長く防除効果があり、ビニールより見た目もきれいで、有機物の還元にもなる。また、シルバーマルチは、アブラムシの産卵、ひいては、ウイルス病を防ぐため効果がある。

 動物を用いた除草が行われるようになってきた.水田で,アイガモやコイを飼い,除草を行うアイガモやコイ農法などがそれである.
カブトエビ,病気によるものジャンボタニシ

ヒツジ,ウシ,ニワトリ,



  (1)隔離栽培
 病害虫がいなかったら、農薬を用いる必要はない。このような話は、夢のような話に聞こえるかも知れないが、実際、沖縄では、ウリミバエなどの撲滅が、消毒と併用して放射線を用いて不妊(子供を作る能力のないこと)にしたオスバエを大量に放すことによって行われている。


  (2)天敵の利用
 殺虫剤の代わりに天敵を使った防除が見なおされている。病害虫だけを完全に撲滅できれば最高にすばらしいが、農薬の使用では、有用生物も一緒に殺してしまうことが多い。殺虫剤は有用昆虫も一緒に殺してしまうし、土壌消毒剤は、土壌伝染性の病害虫だけでなく、雑草も枯らしてしまうというメリットがある一方、有用微生物も殺してしまう。したがって、殺虫剤では、天敵がいなくなり、さらに殺虫剤に頼らなければならなくなるし、土壌消毒を行った無菌的な畑では、一度病気が発生すると広がりが早い。さらに,病害虫の農薬抵抗性の獲得の早さが予想以上に早く新しい強い農薬を次々に開発しなければならないこと,残留による人体への影響など問題が多い.ここでは,天敵を用いた害虫の生物的防除について考察する.



天敵の分類
 天敵の分類をしてみよう.昆虫の天敵は捕食虫,捕食寄生者,真の寄生者に分けられる.
 捕食虫とはテントウムシのように自分でえさを探し,その生存期間中に2匹以上のえさを食べるカマキリやクモの仲間である.初夏、ウメやサクラ、モモなどについたアブラムシの撲滅のためにテントウムシを放しておいたら、その年だけでなく、その後の数年に渡って、アブラムシが発生が少なくなった。天敵、恐るべしである。テントウムシの他、ハダニ(葉の裏につき樹液を吸うダニ)には、その天敵のカブリダニなども効果がある。
 次に,捕食寄生者とは,えさとなる寄主を食べて生育し,ついにはこれを殺してしまうものである.親が与えてくれた1匹のえさを食べて育つ.キャベツにつくアオムシ(モンシロチョウの幼虫)やミノムシ(ミノガの幼虫)にコマユバチのサナギがついているのを見たことのある方も多いと思う.キャベツにつくアオムシの場合,主に終令幼虫に寄生するのでモンシロチョウの数を減らす効果はあっても生物農薬として効果は低いように見えるが,これら寄生蜂の仲間を探すと多くの害虫には卵とか若齢幼虫に寄生する強力な天敵の寄生蜂が見つかることがある.
 真の寄生者とは,ダニや蚊のことで昆虫に寄生するダニも多いが,生物農薬としては,利用しにくい.
 天敵の利用法として以前は,その天敵のいない地域に導入・放飼して定着させる永続的利用が行われてきた.これらの天敵は,害虫の原産地で見つかることが多く,有名なものでは,カイガラムシの仲間のルビーロウムシの寄生蜂導入等がある.この場合,生態系に配慮して導入する必要がある.最近では,天敵を増殖して生物農薬として市販されているので紹介する.



生物農薬
 トマト,イチゴさらにはナスで天敵利用による無農薬栽培が始まっています.園芸先進国オランダでセイヨウマルハナバチを用いたトマトの交配が実用化から始まりました.世界で最も生産の多い野菜はトマトで,いろいろな病気に対する抵抗性を持った台木の育種もオランダで行われていました.蜜を出さないトマトの花には,ミツバチが訪れることはなく,ハウス内でのトマトの着果は主にトマトトーンなどのホルモン処理によって行われていました.しかし,ホルモン処理では空洞果の発生問題などがあって交配の必要性が言われていました.そこで登場したのがセイヨウマルハナバチで,このハチは蜜ではなく花粉を集める習性を持つためトマトの交配にも用いることができるのです.ところがポリネイター(花粉媒介者)として昆虫を用いると殺虫剤を用いることができず,天敵を用いた栽培技術の確立の必要性が生じたのです.オランダでは95%のトマトが無農薬で作られていると言われています.トマトと同じくポリネイターが必要で皮ごと食べるイチゴやナスでも実用化が始まっています.
 エンストリップ
 スパイデックス
 ククメリス
 マイネックス
 アフィデント
 アフィパール

 また、BT (Bacillus  thuringiensis) 剤は、この菌が鱗翅目(チョウやガのなかま)やマメコガネの幼虫を殺す天敵であることを利用した一種の生物農薬である。アメリカなどでは広くもちいられているそうであるが、養蚕のある日本では、この菌はカイコの幼虫にも寄生するので、養蚕地帯では制限されている。



土壌消毒
 同じ作物ばかりを作っているところでは、病気も多い。生態系が崩れてしまうからである。連続して同じ畑で同じ作物を作っていると作物が作りにくくなることが多い(連作障害)のは、過剰の,あるいは不必要な肥料で発生する塩濃度障害(表面に塩を噴くときもある)の時もあるが,主な原因は病害虫の多発,特に土壌病害である。従ってこの対策には,土壌消毒と土壌病害に抵抗性のある台木を用いた接ぎ木栽培とがある.もちろん,輪作をすることによって、消毒回数を減らすことができるが,固定された施設栽培では実際的でない。
 土壌消毒も農薬ばかりに頼るのではなく、ハウスであれば、使い終わったビニールを用いて行えばよい。夏の暑い太陽の下では、ビニールで土を被覆すれば、地温は60度〜70度くらいにはなり、しばらく放置すれば病原菌も、虫も、雑草の種も死んでしまうからである。農薬による消毒と違う点は、生き残った微生物が、土壌病害の菌の侵入を防いでくれることである。もし、時間と労力の余裕があれば、ソルゴーやトウモロコシなど生育の早く雑草にもなりにくい植物を石灰窒素と一緒に漉きこんで堆肥ができるときの発酵熱も利用すると良い。さらに土壌消毒後、VA ( Vesiclar arbuscular ) 菌などの有用菌を土壌中に与えてあげることも効果があるそうである。



間作
 連作障害を避けるためには間作も効果がある。アメリカでは、作物と作物の間に天敵を維持するため、虫のついた他の植物を植えている無農薬栽培農家がある。天敵を維持するための虫はその植物だけについて作物につかず、天敵は作物につく害虫をほぼ完全におさえることができるという生態系のバランスをよく知ってはじめてできることである.間作には,緑肥ともなるマメ科植物がよい.自然農法で除草もしないグループがあるのは天敵など生態系を維持するのに役に立っていると言われている。



溶液栽培
 完全な無機農業ではあるが、ロックウール栽培や水耕栽培などの溶液栽培では、土壌を用いないので土壌消毒など防除がより少なくて済む。



  (3)ハウス栽培と被覆資材
 冬期のハウス栽培では、農薬の散布回数を少なくできることは前に述べた。ここでは、暑い夏に行われている夏秋トマトなどの雨除けハウス栽培について述べる。このハウス栽培は、阿蘇など高冷地でハウスの両サイドを開けて行われており、したがって、その目的は、保温や加湿ではない。これは、雨が多く、湿度が高いと、病害虫の発生が多くなるので、雨から作物を保護して消毒の回数を減らすため行っているのである。
 これまで、温室での栽培は、無農薬栽培にとって大きなメリットになっていると述べてきた。しかし、温室は乾燥するので、オンシツコナジラミ、ハダニ、アブラムシ,ウドンコ病などが、また、1年を通じて暖かいのでスリップスなどが、温室特有に、あるいは温室に多く発生する。
 一方、施設は固定して使用するので連作障害としてスイカのツルワレ病などデメリットも見られる。ただし、雨に弱いハダニやアブラムシには、農薬の入っていない水の散布でも防除効果もあるし、スイカのツルワレ病には、カンピョウやカボチャ台へ接木することや抵抗性品種の育成などの対策がある。



  (4)天然物農薬
 今は、誘蛾灯になっているが、害虫の駆除に古くは虫送りといって松明に集まって虫が自ら焼かれて死ぬという方法を用いた。さらに、虫送りに変わって江戸時代には、クジラの油を用いるようになった。クジラの油を10アールの水田に5合ほど入れると、ウンカの駆除に効果があるということで、五島や平戸などから全国に売られたということである。また、クジラの油の代用品としてカラシナやアサガオの実、トコロの根、アセビの葉、アブラギリの油、にがりなども使用された。詳しくは、大蔵永常の『除蝗録』を参照されたい。
 これらのものは、合成された農薬ではなく、また、実学的な信頼性もある。しかし、アセビなどこれらの中には毒性の強いものもあり、使用には注意が必要である。
 苗の移植の時、活着をよくするため蒸散を抑える被膜剤を用いることがある。この被膜剤を葉に散布すると病原菌の中には、菌糸を伸ばすことができないものがあり、したがって伝染を防ぐそうである。しかし、被膜剤は気孔を塞ぐので、被膜剤の散布により光合成能力が下がり、収量ガ減るというマイナス面もある。
 水をきれいにするなど、炭には吸着作用がある。この炭は、ランやオモトなどの鉢物に古くから用土と一緒に用いられている。炭を作る時に出る木酢液は、薄めて葉面散布するとウドンコ病やダニなどに効果があるそうである。また、電子技法と称する農法でも炭が多く用いられている。この他、イオウの粉末をハウスの入り口付近においていけば、ウドンコ病の発生を抑える作用があるそうである。
 これらの技術は、農家の技術であり、学問的な裏付けがないものが多い。また、宗教的になって客観性を失っていることもあるので、注意が必要である。



 4 育種的防除
 耐病性や低病性など育種ができれば、それらの病害虫に対して消毒をする必要はなくなる。日本のスイカは、接木によりツルワレ病を防いでいるが、アメリカでは抵抗性の品種が主流である。また、トマトでは、萎凋病抵抗性の他、モザイク病耐病性の品種が増えている。トマトの台木品種にはこれらに加えて、ネマトーダ、褐色根腐れ病、半身萎凋病などに対し、抵抗性をもつものが多いので、育種によりこれらを複合的にもつ品種が生まれてくるであろう。
 他の多くの作物でも、野生種などから病気に対する抵抗性の遺伝子の導入が、従来の交雑育種の他、次のようなバイオテクノロジ−を用いて行われている。



  (1)細胞融合
 酵素を用いて細胞壁を溶かし、裸になったプロトプラスト同士を電気の刺激などを与えて融合する方法が行われている。この方法を用いることで、これまで交雑のできなかった遠縁の種間の雑種を作ることが可能になった。
 ハクサイとキャベツの雑種のバイオハクラン、オレンジとカラタチの雑種のオレタチ、ポテトとトマトのポマト、ヒエとイネの雑種のヒネ、ポプラとケフナの雑種のポケなどがある。最近では野生種から病気に対する抵抗性遺伝子の導入をするため、いろいろな作物で、野生種と栽培種との細胞融合も行われている。



  (2)形質転換
 他の植物、動物あるいは、微生物などから導入した遺伝子が発現すると細胞の形質転換が起こる。他の生物から遺伝子すなわちDNAを導入する方法には、1)植物に腫瘍や毛根を引き起こすアグロバクテリウムという土壌細菌をベクター(遺伝子の運び屋)として用いる方法,2)DNAを塗した金の粒子を散弾銃を用いて細胞の中に打ち込むパーティクル・ボンバードメント法,3)プロトプラストとDNAを電気刺激により融合するエレクトロポーレーション法、4)先端が1ミクロン程の細いピペットをプロトプラストに突き刺し、直接DNAを細胞に入れこむマイクロインジェクション法などがある.
 形質転換では、細胞融合よりさらに遠縁の生物からでも遺伝子を導入することができるので、除草剤抵抗性の遺伝子,害虫抵抗性の遺伝子,日もち向上遺伝子,耐寒性遺伝子などを導入した作物が育成されている.特に,1987年にトウモロコシの遺伝子をペチュニアに入れて、それまでペチュニアになかったピンクのペラルゴニジンという色素をもった植物ができて以来,多くの遺伝子組み換え植物が育成されるようになった。さらに,病気に対する抵抗性遺伝子などが明らかになれば、応用範囲も広くなるであろう。

 除草剤抵抗性の遺伝子を遺伝子組み換えによって植物の中に導入した作物がアメリカを中心に作られており,しばらくはバイオテクノロジーの成果としてもてはやされ,21世紀へ向けた食料の増産技術と言われた.しかし,消費者を中心に遺伝子組み換え食品の危険性が懸念され,ボイコット運動も盛んに行われるようになった.ここでは,遺伝子組み換え食品そのものの危険性については言及しないが,モンサント社などの作った除草剤抵抗性の遺伝子組み換えダイズ,ナタネ,ワタ,トウモロコシなどは,ある特定の除草剤に対して抵抗性があり,散布すると雑草は枯死するが,作物は順調に生育し,生産性が高まるというもので除草剤とセットにして生産されている.しかし,これらの遺伝子組み換え作物は,組み換えられた遺伝子の危険性は別にしても間違いなく多くの除草剤が散布されている.

 BT (Bacillus  thuringiensis) 剤は、この菌が鱗翅目(チョウやガのなかま)やマメコガネの幼虫を殺す天敵であることを利用した一種の生物農薬である。



Integrated Pest Management ( IPM )
 これら害虫防除法を総合してより良くしていこうとする考え方としてアメリカを中心にIntegrated Pest Management ( 総合的害虫管理,IPM )があり,全米の75%の圃場がIPMを導入している.これは,「害虫防除の実施に当たり,生態学的に正しい手段を駆使して殺虫剤による害を最小に,利益を最大にするための害虫個体群管理システム」で,防除手段は,化学的防除,機械的・物理的防除,耕種的防除,生物的防除の4つに大きく分けられる.化学的とは,農薬によるもので,現実的には化学農薬無しで現在の生産量を維持することは困難である.機械的・物理的防除とは隔離栽培の他,蠅取り紙のようなものを用いるものでは,一般に昆虫が好む黄色にしたものが多いがアザミウマ(スリップス)防除のためには青色にする.生物的防除には,生物農薬(天敵)の利用の他,幼若ホルモン,キチナーゼ,脱皮阻害剤のカスケードなどのホルモン剤( Insect Growth regulation, IGR ) ,フェロモンを用いたトラップ,不妊雄の利用などがある.


まとめ


 ハウスの暖房および農薬の使用について、その必要性と節約について考え、その方法について具体的に述べた。この本の大きなテーマである Think globally, Act locally の趣旨に賛同して行動しようとしても、生活者・生産者としての農家の損益が大きければ机上の空論になってしまうからである。ここで述べた方法、技術は、環境について十分考慮した上で、農家にも収益として還ってくるものに絞ったつもりである。しかも、最近では、安全な食品が付加価値として評価され、農家の収入に結びつくようになってきた。
 それぞれの技術には注意書をつ多くつけた。自然を相手の農業には、一般論だけで解決できないことが多くあるからである。それぞれの作物、作型で、いろいろな技術を組み合わせる必要がある。
 わたしたちのまわりの農業環境がどうなっているかを知るだけでなく、その対策を勉強し、あるいは、考えることによって、環境にやさしい農業ができることが分かってもらえたと思う。