ウミショウブ

(園芸四方山話第8話)


 今年も西表に行ってきた.初めて訪れたのが1982年のことであるからかれこれ30年になろうとしている.それまでも学生時代シダに興味を持っていた先輩から西表島で採集したシダ植物とは思えないヤブレガサウラボシやキノボリシダの標本を見せてもらったことがあったので強い興味を持っていた.アラ還ながら20歳前後の元気な学生を連れて汗びっしょりになりながら山に登り,その後シュノーケリングしながら1時間以上もサンゴの海を遠泳している.好奇心のなせる技であるが,健康な体に生んでくれた親に感謝している.

 

 

西表島網取の竜宮城,サンゴ礁の世界です.左が桟橋にいるハナミノカサゴで右がカクレクマノミとイソギンチャクです.

 2010年8月4日の石垣行きの飛行機で青空に浮かぶ半月の月を見た.普通の人ならそのことにあまり関心を持たないと思うが,私は,5,6日後が新月なので今回は西表島にいる間にウミショウブの開花を見れるのではないかと期待を持った.ウミショウブEnhalus acoroidesとはトチカガミ科ウミショウブ属の顕花植物で,日本では西表と石垣島の砂浜に自生する.

 

 

ウミショウブです.左が海の中の花序から放出される雄花で,右が風で流れ着いた所です.花弁が反り返って海に浮いているのが分かります.(Aug. 10, 2010)

 花を咲かせる顕花植物はハナバチとの共進化で1億4千万年前シダ植物から進化したもので,シダ植物や裸子植物から進化して6千5百万年前に始まる新生代の主役になっている.顕花植物は他殖をすることによってヘテロ性が高くなることは環境の変化に対応したり進化速度を速めたりするため花を咲かせる.ただし,花を咲かせることは蜜と言うポリネーター(花粉媒介者)に対しご褒美を与えたり,花を作ったりするコストがかかるが,それ以上のコストパフォーマンスは生き残りに役に立った.ウミショウブは海の中に自生する高等植物で,藻類と異なり,繁殖のために花を咲かせる.しかし,ウミショウブは生育環境を海水の中に進化させたのでハナバチなどポリネーターによる受精が不可能になった.そこで,海面が白くなるくらいの雄花を海面に放出して潮の満ち引きで雌花が雄花を取り込むと言う受精方法を進化させた.白く小さなものは花粉ではなく雄花である.ダルマさんを小さくしたような雄花が水面に浮き(ほとんど沈んだ部分がないように見える),風に流される様(さま)は感動的で,テレビでも報道されたこともある.その花は7月と8月の新月の日の干潮の時に開花する.飛行機の中で,月を見てその花が見られるかも知れないと思ったのである.私もウミショウブの開花は1度しか見たことがなかったので西表に着くと早速潮汐を調べた.10日が新月(1日)で西表島は明石の日本の標準時より西にあるので1時半頃が干潮であった.潮の満ち引きや大潮,小潮の判断は泳ぐときも,カヤックや船で川を遡れるかを判断する時にも重要なので西表では海に行く時にも山に入る時にも必ずチェックする.

 調査の間にウミショウブも見たいと思って8月10日のシダやランの調査をその近くで計画した.前日9日の夜9時頃台風4号が石垣島の近くで発生し午前中は大雨であったが,1時頃には雨も上がり念願のウミショウブの開花を見ることができた.海の上を真っ白な雄花が風によって走るように動くのは感動だった.海の中に再進出したウミショウブがハナバチの助けを借りず受精のために生み出した受精方法に生命の不思議を思った.ウミショウブの開花が干潮の時に起きるのは葉が水面に顔を出し,雌花に雄花を取り込めるようにするためである.サンゴの産卵を見たことがある.また,今回海洋学部の学生などがオカヤドカリや魚の産卵の研究をしていた.サンゴ礁の中では満月の大潮の時多くの種類の魚やサンゴが産卵をし,オカヤドカリが海に産卵に出かける.種内での同調,種間での同調の有利性,どうやって大潮の産卵のときを判断できるのか,その研究方法を考えたことがある.学者として明らかにしてみたいと言う興味の湧く世界であるが,神秘のまま残しておきたいとも思う.

 ついでだが,熊本や東京は新盆で7月13〜15日,旧盆の所は8月13〜15日と思っている人が多いと思うが,本当の旧盆は今年8月10日が新月(旧暦7月1日)だったので22日からである.海に関係する人の多い石垣や西表では潮の満ち引きと関係する旧暦で行っている.以前,tomo15さんに海嘯(かいしょう),ポロロッカについて教えてもらった.また,最大の大潮が年周期を持つのは地球を回る月のような楕円軌道を太陽を回る地球はしておらずほぼ円形なので,そのためではないことをととちおさんに指摘された.海嘯は大潮に由来するため月に2回,満月と新月の日に起きる.また,年周期的に最大の大潮(大海嘯)が年2回あるのは,地球は太陽に対し23.4度傾斜し,月は地球に対し傾斜していないので春分の日や秋分の日に太陽と月が同じ方位から引力を働かせるからである.潮は主に月と太陽の引力によって東から西へ移動するので,この日,特に河口が東側にラッパ状に開いた大河では、潮汐の大きな波が川をさかのぼっていく.その日に近い旧暦8月15日(2010年は新暦の9月22日に当たる.)と2月15日(満月)頃が大潮の中でも干満の差が最大になり,中国の「銭塘江(せんとうこう)潮」と呼ばれ,アマゾン川ではポロロッカと呼ばれる海嘯が起きる.杭州では満月の夜月餅を食べながら見物し,近年サーフィンが行われている.娘は中国の銭塘江(せんとうこう)に大海嘯を見に行ったことがあり,小さな逆流は前後の日にも見ることができる年もあるとのことであった.

 旧暦8月1日(八朔,新月,2010年は新暦で9月8日)の大潮の日には蜃気楼の一種である不知火を熊本の有明海や不知火海で見ることができる.その原因は,その時期が1年の内で海水の温度が最も上昇するだけでなく、干潮で水位が6メートルも下降して干潟ができ,急激な放射冷却,八代海や有明海の地形といった条件が重なって夜中に干潟の魚を獲りに出港した船の灯りが屈折し,不知火が生じるとされている.その不知火がよく見える東海大学不知火会館に毎年泊まるが,まだ不知火を見たことがない.こんな文を書きながら恥ずかしい話である.


 

戻る