(園芸四方山話第2話)
テレビの園芸蕃組,新聞の園芸欄,書店に並ぷ数多くの園芸関係の出版物,各地で開かれる園芸講座と,町には園芸の情報があふれ,趣味の人でも専門家以上に詳しい人も多い.しかし,園芸が盛んになる中で気にかかることが一つある.それはさし木,接ぎ木,取り木,株分けなど栄養繁殖技術が普及したために,どの植木市でも,どの庭でも,同じような品種しか見られなくなってしまったことである.苗木業者が品鍾物を増殖するのは当然として,一般家庭でも同様になったことが寂しいのである.
一方,種子から実生(みしょう)を作る方法は,繁殖の基本であり,ツツジやラン類のように種子が小さくて実生では繁殖の難しいものもあるが,一般には,最も容易なものである.しかし,栄養繁殖では翌年から開花するものでも,実生では,開花までに五年以上もかかるものが多いという欠点がある.しかも,せっかく咲いた花は,親の品種物より劣っているのが普通である.
長崎県平戸市は,平戸ツツジの発祥の地であり,私の研究でツバキとサザンカの雑種であるハルサザンカの起源地の一つと推定された所でもある.この島を研究していて愉快なことは,花木類の個体間に変異の大きいことである.これは,平戸では古くから植木を大事にし,優れた系疏からの実生を盛んに行ったためと思われる.
元来,植物の多くは自殖(自分の花粉がつくこと)を嫌っているようで自然実生には近くの株と交雑したものが多い.特に近くに同種の植物が1個体しかなく,近縁の種の個体があれば,種間雑種ができる可能性も高いし,そうでなくても園芸品種の実生からは,案外,優れた形質のものが得られることがある.また,欧米で趣味家が新しい品種を次々に発表するのは,実生をする家庭が多いからである.花の育種は主婦の楽しみと実益になっているそうである.ツバキなどで品種物の種子が取引されるということは,日本では考えられない.
既存の優れた品種を収集することも楽しいことかもしれないが,将来の園芸の発展を考えると残念に思える.日本でも熊本のハナショウブやシャクヤク等のように,盛んに実生,育種を行っている人たちも多い.私の研究室でツバキの研究を卒論にした学生には「一坪の庭があればツバキを2,3本植えることができ,育種をすることができる.たとえ仕事がツバキと関係なくても是非ツバキの育種をライフワークにしてほしい」と話をする.実生には夢があり,自分が育種した植物には愛着と誇りがある.