農業と雨

(園芸四方山話第4話)


 「万物を生かす水,降ったら降ったで不平を言う」とは人の身勝手さを言う言葉であるが,園芸農家は,雨の降ることを必ずしも喜んでいない.モンスーンのもたらす梅雨が,稲作を可能にしていることは承知している.しかし,豪雨に打たれて葉脈だけが残った野菜,水に浸って根から枯れてしまった花を見ると,雨に恨みの一言も言いたくなるものである.

 雨はまた,病虫害の発生を促す.高い湿度では当然,病気の発生が多くなるし,散布した農薬も雨に流されてしまうからである.これが,梅雨時以後,野菜が高くなる原因の一つで雨の少ない年は,概して野菜は豊作である.山間部にあるハウスの多くは,低温時の保温用というより,高温多雨時の雨対策として使用されており,雨よけハウスと呼ばれるゆえんである.雨よけハウスでは,病虫害の発生が少ないため,安定した収穫が望める.従って,雨よけハウスでは,消毒回数が少なくてすみ,より安全な野菜が供給できるというメリットがある.このことは,施設で作った野菜には農薬がたくさんかかっていて,露地野菜の方が安全であると思っている方には驚きかも知れない.

 さらに雨はよく肥えた畑の表土を流してしまう.このことは近年,アメリカで問題になつているが,アメリカより降雨量の多い日本の方が,より深刻な問題となってもよかろうと思われる.雨の多い土地に畑を作れば,表土の流出は必ず生じる現象だからである.

 ただし,日本人の主食は米で,イネでは湛(たん)水状態で作物を作るために,表土の流出を防いでいる.世界でも有数の降雨量を持つ日本の風土に,イネは最も適した作物で永続的に作ることのできる数少ない作物と考えられる.また,森林や草地でも比較的,表土の流出は少ないが,阿蘇の外輪のように草地を耕して,キャベツやダイコンなどを生産している所では,連作障害と同時に,表土の流出が問題となっている.雨による肥料の流出も問題である.熱帯地方のラテライトや阿蘇の原野がやせている理由の一つは,雨による肥料の流出である.このように,表土や肥料の流出の面から見ても,雨は決して農家に喜ばれてばかりではないのである.

 水が大量に必要で,モンスーンによってもたらされる梅雨によって成り立つと思われている稲作も1993年のように雨の多い冷夏では不作で,灌漑施設の整った日本では晴天の続く年は豊作で,おいしい米が穫れる.同様に,乾燥地帯のカリフォルニアでお米の生産性が高いのは日照量が多いからで,バングラデシュなど以前は雨期にしか米の生産がなかったところでも灌漑をすることによって雨期より生産性の高く品質のいい米を乾期に作るようになってきた.

 日本において露地でメロンが作れるのは,梅雨のない東北地方や北海道だけである.国際的に言えば,熱帯地方でも雨期の野菜生産が問題になっている.意外に思えるかも知れないが,農業に水は必要だが,雨は要らないと考えると分かりやすい.カリフォルニアのように灌漑施設の整った乾爆地帯の方が,園芸に適しているようだ.


 

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