(園芸四方山話第9話)
ツバキ花腐れ病(Camellia petal blight / Camellia flower blight )はツバキ愛好家にとって大変重要な病気です。しかし、日本ではせっかくの開花期に花腐れ病が出ているのを見ているのにそれが病気だと思っていない人が多く、従って花腐れ病は日本では問題ないと外国で答えた方が多くいて、外国のツバキ関係者から「ないと聞いていたが日本にも花腐れ病があるのか」と聞かれたことがあるほどです。欧米でも2000年頃からスペインなどで大変な問題になっており,国際ツバキ大会では毎回のように発表があります.研究は主にスペインなど欧米諸国で行われており、日本ではカナダ・アルバータ大学栄誉教授で植物病理学の世界的権威者であった比留木忠治先生や新潟大学の阿部晴恵先生が研究されています。
日本でも発生しますが、ヤブツバキCamellia japonica 系の品種は比較的耐性がありますし、花が古くなり萎れているもの、あるいはそうなりやすい品種の特徴と勘違いする人が多いので話題になりません。しかし、中国産の種との雑種起源と考えているツバキ C. x hortensis T. Tanaka の’乙女’や肥後ツバキ系品種、あるいはトウツバキ系品種、ウィリアムツバキ系の品種など熊本の我が家でも結構花をダメにしています。比留木先生の研究で,五島でのツバキ油生産に大変な被害を与えていることは驚きでした.
コウベ・カメリア・ソサイエティ元会長の岸川慎一郎先生による(2014/10/06)とツバキ菌核病(花腐れ病)は、ニューランドなどを除いて世界に蔓延しているそうで、また、国内でも近畿・中部・中国・四国・(関東)の椿園などで、花腐れ病が見られたそうです。当時は対策が殆どなかったとの事で、トウツバキの栽培で有名な方も温室で花腐れ病に悩まれ一時ツバキの栽培を止めようと思われたそうです。岸川先生は温室が過湿になり炭疽病に悩まれたので、種々の抗菌剤を使ったところ、3-4月にスミセブンを撒布すると菌核病の発生をかなり抑えるとのことでした。
ツバキ花腐れ病の菌 Ciborinia camelliae は、正式にはツバキキンカクチャワンタケというキノコの仲間です。園芸家にとってツバキキンカクチャワンタケというキノコには気づかないのでツバキ花腐れ病と言った方が分かりやすいと思われます。ツバキキンカクチャワンタケは生活環(ライフサイクル)を持つ担子菌の一種で、その生活環の中でツバキの花の病気になることが問題です.他の多くの腐敗菌と同じように落ちた後のツバキの花に寄生(感染)し、木に影響しないのであれば腐敗菌として世の中になくてはならない重要な役割と持つ生物と思われます。しかし、残念ながら人にとって花を楽しむために植えたのに花を痛めるということで病気と呼ばれます。また、ツバキにとっても生きている花の細胞に感染し、種子の収量に影響するということであれば病気ということになります。
ツバキキンカクチャワンタケと花腐れ病 Ciborinia camelliae(Wang Zhonglang 写真提供)
2014年のスペインで比留木先生の発表を聞いて,それまで引用されることもなかったので日本の研究者によって1919年に発見されていたことに他の研究者の方達も驚いていました.また,他の研究者からツバキ花腐れ病の病原菌であるツバキキンカクチャワンダケの防除として Trichoderma spp. 菌が役に立つという報告がありました.そこで,私のトマトの有機栽培の研究で白絹病の対策として拮抗菌(菌を殺す菌)である Trichoderma harzianum 菌が極めて高い防除効果を示していること(9月に佐賀大学で開かれた園芸学会で発表しました)を比留木先生にお話ししたところ,比留木先生も,以前タバコの菌核病対策で Trichoderma spp. 菌が効果を示したことの発表をしたことがあったそうです. Trichoderma harzianum 菌の胞子は培養も簡単で,また青い色をして区別がつきやすい菌で,農薬以上の効果があります.市販もされていると思いますのでそのような地域の方は使われたらよいと思います.
一方、1,200程の種類(Species やcultivars)を含む、1,500~1,700本程のツバキがあるカリフォルニアのハンティントン The Huntington Library, Art Museum and Botanical Gardens でボランティアをしている佐藤弘美氏によると、担当の学芸員の方から「防ぐためには落ちた花をそのままにしないように取り除くことだ。」と言われ、木が大きく本数も多いところでは大変だそうです。佐藤様の観察によると「沢山の木が密集していても、どの木にも均等にPetal blight が発生するのではないので菌のつきやすいものと付きにくいものがあるのか?もしあるとしたら、花の色や花弁の厚み、それともSpeciesなどによるのか?」という質問がありました。
私の観察では、トウツバキ C. reticulata , ヤブツバキ C. japonica ,サザンカ C. sasanqua の順に罹病しやすく、他の種で栽培されているものではサルウィンツバキ C. saluenensis も罹病しやすく、従ってトウツバキやサルウィンツバキとの雑種は弱いようです。私は日本で江戸時代初期の1615年以前に起源があり育成されたツバキ Camellia x hortensis をヤブツバキと中国の種間の雑種起源との考えから学名、和名をヤブツバキ C. japonica と区別して命名しました。実際、’乙女’など「ツバキ Camellia x hortensis 」の品種や肥後ツバキ(これも中国のツバキ属植物とヤブツバキ間の雑種起源と発表しています)はヤブツバキより罹病しやすいように思っており、この点も私の説を支持していると思われます。
また,花腐れ病に弱い‘ブライアン Brian’(サルウィンツバキとトウツバキ間の雑種)と‘フランシーエル Francie L. ’(サルウィン系交配種の‘アップルブロッサム’にトウツバキの‘ブッタ’間の雑種)の花とも開花が遅く、‘乙女’も遅咲きの花に花腐れ病が多く発生していたように思ったことから開花期も影響するのではないかと伝統園芸研究会で質問したところ,市 忠顕先生から「我家は一部の花が花腐れ病(菌核病)に掛ります。‘中将白(関西)白’、一重平開咲き、太い輪心、は、最新日本ツバキ図鑑で11〜3月咲きとなっているように秋咲きの品種で,我家では正月前から咲出しますが、冬でも病班が現れます.一方,‘市家蓮華紫’,‘藻汐’や‘百合椿’も遅咲きですが、やられた花を見ません。‘ターミヤ’や‘津川絞り’も4月下旬に咲き,‘紅麒麟’は5月に入っても沢山花を着けていますが、散るまで病斑は現れませんでした。したがって開花時期の問題ではなく品種によって出やすいものと出にくいものがあるように思います。」とのことで納得しました.
次に、対策ですが、ライフサイクルを持つ生物ですのでツバキ花腐れ病にかかった花から胞子が出て広がるということはありません。落下した花の内部で菌糸が伸び、最終的にキノコを作って胞子をまき散らします。従ってキノコを作る前に花殻を処分すればいいと思われます。
対策などについて仮説をいくつか書きますので観察してください。
- サザンカが強いのは種の特異性と思われるが、花が小さく花弁が離れて散るから栄養的にキノコができない。
- 乾燥した年にはキノコが少なく、従って次年度花の病気が少なくなる。
- 花殻をゴミに捨てたり、燃やすと次年度花の病気が少なくなる。
- 土に花殻を埋めても次年度花の病気が少なくなる。
- 花殻が乾燥した時に 足などで細かく踏み潰しても次年度花の病気が少なくなる。
- 花の咲く前に消毒をすると効果のある薬剤がある。
- Tricoderma 菌など世の中には菌を餌にする菌が市販されており、このような生物農薬を散布すると次年度花の病気が少なくなる。
ハンチントンのような大きなツバキ園や伊豆大島、五島など数百万本のヤブツバキが生えているところでは天敵が自分で増殖する7)もありと思います。 試して見てください。
参考文献 Diversity of vegetative compatibility types, mating types and occurrence of hypovirulence in Cryphonectria parasitica populations in NW Spain. IVth International Chestnut Symposium. Acta Hort. 844, ISHS 2009 Pag: 381-386 比留木. 2013. ツバキ花腐れ病のすべて. 浜木綿(年) 比留木. 2014. カメリア第46号. p1~12 Montenegro D, Aguín O, Pintos C, Salinero MC, Mansilla JP (2009) Molecular markers for the diagnosis of Ciborinia camelliae Kohn causal agent of camellia flower blight. Int Camellia J 41:58–63 ISSN 0159-656X