〜シダ,ラン,植物,動物,海,山,川〜
1982年からほぼ毎年西表島に行っている.専門が蔬菜花卉園芸学なので西表島で野菜を作っていた時代もあったが,離農し,野生ランやシダの研究をしている.例えば東洋のカトレアと言われるナリヤランの繁殖戦略,生活環を明らかにした.内離れ島の成屋(なりや)で最初に見つかったナリヤランは植生の遷移におけるパイオニア植物で,林道など開発やパイナップル畑の放置地などヒトとの関わりの中で繁殖していることやコシダやコウトウシランなど似たような環境で生育する植物との競合ではお花畑を作るが,遷移が進んでくるとそのお花畑が消えて行くこと,国外のナリヤランと異なり西表のナリヤランは三倍体であること,三倍体なのに種子繁殖をすること,媒介昆虫が来ないと種子はできないが外部蜜腺であることなど多くの知見を得た.アオイボクロやトサカメオトランなどユニークなランの研究も行って来た.
最近はシダ植物に重点をおいて研究しており,西表島のシダ植物の検索図鑑をインターネット上で作っている.植生を明らかにするためのコドラート調査など昼間は雨に濡れなくても汗で下着が搾れるほどハードな毎日を過ごしている.西表は探検部の学生のメッカになっているが,網取の裏山など探検部も行かない所を鎌で道を作りながら歩く.ウダラ川のマングローブ林や(亜)熱帯雨林のジャングルを登り,峠を越えて鹿川(かのかわ)を下ると南に面した海岸なのでフィリッピンから流れ着いたゴバンノアシ(碁盤の足)の果実やオーム貝を見つけることができる.
いろんな陸上の動植物とも出会った.山から下りて来て5時から6時まではサンゴ礁の海を楽しむ.サンゴ礁の海の優しさを楽しみ,台風の恐さを知り,温暖化によるサンゴの白化で地球環境を想い,潮汐(しお)で月の満ち欠けを感じ,三線で地元の人と触れ合い,炭坑やフィラリアの歴史を学ぶ.研究を通じて,学生にすばらしい自然を体験させ,無事に連れて帰るのが私の仕事で,私自身も西表を楽しんでいる.学生時代に読んだダーウィンのヴィーグル号による世界一周の旅や金平亮三先生のニューギニア探検に魅せられてパプア・ニューギニア,ボルネオのキナバル山などいろんな秘境を訪れたが,西表はその中でも私にとって好奇心をかき立てる最もすばらしい所の一つであった.
<海>
写真の順に,学生,クマノミ,チョウチョウウオ,ナポレオンフィッシュ,ハタタテダイ,ミスジリュウキュウスズメダイ,ムラサメモンガラ,巨大魚,リーフエッジ,ヒトデ,ジャノメナマコ,サンゴ(5枚)
学生に海のすばらしさも見せたいとリーフエッジまで遠泳し,サンゴ礁の海を楽しんでいる.猛毒のウミヘビが口が小さいのでそれほど危険ではなく,きれいなハナミノカサゴなどが危険であることを教え,泳ぐコースを決めるため潮の流れなども教えている.
<鳥山>
鳥山と船上の学生
調査地へ向かう途中の写真で,セグロアジサシの鳥山ができていたのでカツオやマグロ釣りに挑戦したりした.カヤックに乗って調査に行くこともある.体力的に毎年,来年はもうできないだろうと思いながらも今の所続けている.
<動物>
<哺乳動物>
リュウキュウイノシシの足跡
西表には,この他ほ乳動物はリュウキュウイノシシとイリオモテヤマネコ,コウモリの仲間しかいない.カラスより大きなオオコウモリは毎晩見ることができるが,残りの2種に遭うことは流石に少ない.声や足跡など痕跡は何度かあるが,実際に見たのはイリオモテヤマネコを2回,リュウキュウイノシシを2回だけである.その内一度はイリオモテヤマネコが車の前を堂々と横断したが,感動のあまりカメラを出す暇がなかった.
<爬虫類>
セマルハコガメ
セマルハコガメ,ヒメハブ,サキシマキノボリトカゲ,ナキヤモリは,いずれも山に入ると珍しくない.カメは爬虫類なので,もともと陸にいたはずである.ガラパゴスではゾウガメが有名であるが,日本にも陸ガメがいることはあまり知られていない.西表には背の丸い陸ガメがいて足や頭を引っ込めた後ふたがあり蝶番で完全に閉めることができるのでハコ(箱)ガメと呼ばれる.よく似たハコガメがノースキャロライナにもいてしばらく養っていたことがある.ヤモリが鳴くと言っても信じがたい.ところが,沖縄では夜ヤモリがうるさいくらいである.東南アジアにも似た種がいて初めて沖縄に行った時日本にもいるのに驚いた.サキシマキノボリトカゲは体色を鮮やかな緑から褐色まで変化させることができるが,簡単に捕まえることもできる.西表にはトカゲやヘビが何種類かいてトカゲは数も多い.1枚の葉が3mもあるシダの生い茂るジャングルに爬虫類が多いとジュラシックパークに迷い込んだような錯覚に落ち入ることがある.川にいるテナガエビやトカゲの仲間がイリオモテヤマネコの餌になっている.
<鳥>
カツオドリ(研究のため飼育中)
珍しい鳥の種類も多い.アカショウビン,リュウキュウメジロ,シロハラクイナ,セグロアジサシ,カツオドリ,カンムリワシ,ギンバト,ムラサキサギなどは普通にいる.網取には,日本に留鳥としていないことになっている鶏冠(とさか)が面白いヤツガシラがいることもある.ヤンバルクイナを沖縄本島で見て来たが,西表にはシロハラクイナとヒクイナがたくさんいる.
世界で一番大きなマングローブシジミは,干潮のとき無造作に転がっている.掘って探す必要もないことから絶滅が危惧される.
<昆虫>
写真の順に,シロアリ,サソリモドキ
学生時代,日本の蝶の大家であった白水隆先生の研究室に入り浸って蝶を追いかけていた.昆虫の道に入らなかったのは一生かけても敵わないと思ったからで植物なら白水先生に勝てると思ったからであった.サガリバナの咲く山に優雅にオオゴマダラチョウが舞う景色は見飽きない.その他,アゲハの仲間やカバマダラチョウなどきれいな蝶が群れ飛んでいる.サソリと言えば日本にいないと思っている人も多いが,西表にはサソリやサソリモドキがいる.湿気た川沿いの石を剥がすとかなりの確率で見ることができる.ホタルは3月頃成虫が光っているが,8月頃は光る幼虫を見ることができる.10年ほど前祖内でホタルの新種が見つかった.おそらく網取にいるものと同じ種であろう.
<蟹その他>
写真の順に,オカガニの仲間,オカヤドカリの仲間,ヤシガニ,マングローブガザミ(2枚)
観光地に行くとヤシガニが展示してある.しかし,人が住む所ではヤシガニはほとんどいないそうである.ヤシガニはヤドカリの一種で最も巨大なヤドカリである.網取にはこの他2種のオカヤドカリが共存している.巨大なはさみで百円ライターなどは軽く割ってしまう.夜行性で捕まえるのは簡単で,食べられると言うが西表のターザンなる人物(故人)はこれを食べて食中毒になったという.
<植物>
林床の保全のための植物の調査が西表に行く目的でその風景である.
<海浜の植物>
順に,モンパノキ,テリハクサトベラ,スナヅル
日本には熱帯がないので,亜熱帯ということにはなっているが,私の見方では典型的な熱帯雨林である.緯度も台北より南に位置し,植物の共通性は九州本土よりフィリッピンなどの方が明らかに高い.砂浜の海岸には太平洋の島々と共通のものが多く,モンパノキ,テリハクサトベラ,海岸に生える葉を持たない寄生植物のスナヅル,ハイビスカスの仲間で黄色い花を咲かせるオオハマボウなどが自生する.
<マングローブ林>
オヒルギ
吃水領域にはヤエヤマヒルギ,オヒルギ,メヒルギの他マヤプシギなどマングローブ林が発達する.東南アジアでは薪炭材として伐採され,その後蛯の養殖場になってしまったので少なくなってしまった.海水のため他の植物が生育できない領域で光合成をする貴重な植物で世界各地で植林もされている.と言ってもマングローブ林はどぶ臭くきれいな所ではない.しかし,上流に全く人が住んでいないことから汚染ではなく自然の景観で陸上からの有機物を分解して海を守る自然のシステムである.有明海など本土にある干潟はどぶ臭くてもヘドロがなければ豊かな海だということを改めて感じさせた.ここには世界で一番大きいマングローブシジミやマングローブガザミという蟹,アナジャコ,ハクセンシオマネキ,トビハゼ,海の魚,川の魚など多くの生物が入り乱れて住む.
<漂着種子>
順に,鹿川の海岸,ゴバンノアシ,サガリバナ,モダマ
海の潮で流されることによって分布領域を広げる繁殖戦略をとっているものにヒルギの仲間の他,ヤシの仲間,モダマやゴバンノアシなどがある.碁盤の足にそっくりなゴバンノアシの果実が写真の鹿川を越えた南向きの海岸などによく打ち上げられており,発芽したものが栽培され,開花している.野生では見た事がない.台湾にも明らかな自生がないことからフィリッピンから流れ着いたものと思う.同じ属のサガリバナは川沿いの湿気た所に自生し,夜に花を咲かせ,朝方には水面(みずも)を花で埋める.
モダマは,世界一長い果実を持つことで有名なマメ科植物で,大きなものでは1km以上ツルを伸ばし,株もとは直径30cmに達するものを見たことがある.平行棒の様にしてツルを登ることができた.
ヤブツバキも海流に流されて繁殖することもあると言われるが,西表ではツバキが山地に点在し海岸に自生することはない.因みに植木屋がないので自生のものは繁殖された事がなく,街路樹など平地に植えてあるものの多くは鹿児島から購入したもので,明らかにヤブツバキである.また,台湾の山地にあるツバキは,ホウザンツバキCamellia hozanensis あるいは C. japonica var. hozanensisと呼ばれ,変種扱いにしたり別種扱いにしたりされている.西表の山に自生するものは沖縄の植物図鑑を見るとヤブツバキと書かれているが,ツバキ属の専門家の私から見れば本土のヤブツバキとは花の大きさなど形態で大きく異なり,ホウザンツバキであろう.
<板根>
板根で有名なアオギリ科のサキシマスオウもマングローブ林に自生する.板根は,熱帯植物の特徴とも言われていたが,ヤエヤマヒルギ,オヒルギ,ガジュマルなどの気根も含めて土壌の層の薄い所に自生する植物の特徴と思う.土壌の層が薄いとは岩盤のための時と池や河口で地下の水位が高いための時とがある.西表は両方の時が有り,科の全く違うクワ科のアカメイヌビワやブナ科のオキナワウラジロガシも山の中でサキシマスオウと同じくらいの板根を形成する.
<山地の植物>
順に,イワタバコ,ツワブキ
山に入るとクワ科の植物が種数も個体数も多いのには驚く.アカメイヌビワ,ギランイヌビワ,ムクイヌビワ,オオバイヌビワなどイヌビワと言われるものがそれで,この他,アコウ,シマグワ,ガジュマルなど植えられているものも多い.モンステラに似たハブカズラやトウヅルモドキなどツル性の植物が多いのも熱帯の特徴である.タコノキと呼ばれる独特な気根を持つ植物が熱帯に自生している.その仲間で西表にはアダンやツルアダンがあり,刺があるのでこれを刈り払って道を作るのが大変である.ヤシの仲間も自生する.クロツグは沖縄の山の中にはどこにでもあるヤシで,この他ビロウジュ,ニッパヤシや初島先生が命名されたヤエヤマヤシなどのヤシ類もある.ハゼは江戸時代に鑞をとるために台湾?から導入されて日本各地で栽培されたが,西表島にも自生している.ツワブキやイワタバコ,センリョウ,イタジイなど本土との共通種(変種)も少しではあるが存在する.
<栽培植物>
グアバ
庭木や街路樹は全く熱帯と変わらず共通で熱帯の花木や果樹を楽しめる.本土の人が食べて一番喜ばれると思うものはシャカトウ(別名バンレイシ)でお釈迦様の頭に似ている所から名付けられた.英名でSugar appleと呼ばれる様に甘くて美味しく庭には植えられているが地元では売られていない.痛みやすく,貯蔵性,輸送性がないからである.しかし,本土でも買え熱帯果樹の代表であるパイナップルやバナナより珍しい熱帯果樹を観光客は求めていることに気付いていない.写真は,私が25年ほど前にハワイから導入して植えたグワバの木である.熟れるとオオコウモリが食べにくる.
昔からのもので言えば防風林としてフクギやテリハボクが用いられ毎年数度の台風にさらされるのにびくともしていない.果実はオオコウモリの餌になる.逆に暴風用に近年植えられたモクマオウは非常に折れやすい.枝が水平に近い状態で出るので樹形が面白く東南アジアにもよく植えられているモモタマナは西表では風のためそれほど見た目がよくない.サンゴ石灰岩の石垣の上にはゴウシュウタニワタリやオキナワウラボシ,ホウビカンジュのような美しいシダ植物が自生し目を楽しませてくれる.雑草は世界中の熱帯地方と共通でギンネムも多い.
<美しい野生植物>
順に,ツルラン,サツキ(2枚),ハダカホウズキ,コウトウシュウカイドウ,マルヤマシュウカイドウ,ハシカンボク,ホウライシソクサ
西表の山にはナリヤラン,コウトウシラン,トサカメオトランなどたくさんの野生ランが今でも自生している.本土では元々少なかったこともあるが趣味家や業者による乱獲のため激減してしまった.その他ベゴニアの仲間でコウトウシュウカイドウ,マルヤマシュウカイドウが咲いている.乾燥に強く栽培しやすければそのまま園芸作物として通用するものと思う.ツツジの仲間にはサキシマツツジ,サツキとセイシカがあり,ツバキの仲間にはホウザンツバキやイジュがある.濃い紫の花を咲かせるノボタンもきれいでその仲間にハシカンボクがあり,珍しい植物,美しい植物の宝庫である.
<海水中の顕花植物>
アマモ
アマモやウミショウブの様に海の中で繁茂する被子植物もある.アマモはジュゴンの餌として有名で西表には7種ほどあると言われ,また,別名が「リュウグウノオトヒメノモトユイノキリハズシ(竜宮の乙姫の元結の切り外し)」で,日本の植物名として最も長い.地上の植物は酸素を発生しているのを見ることができないが,海の中にあるので日が照ると盛んに酸素を発生し,陰ると少なくなる.目で植物のありがたさが実感できる.宮沢賢治が水の中の空気を水銀のようだと表現したが,潜って水の中の酸素を見ているとまさに水銀であった.
<シダ植物>
順に,調査風景,オオイワヒトデ,キノボリシダ,ナンヨウリュウビンタイ,ヒカゲヘゴ,クロヘゴ,ヤブレガサウラボシ,マツバラン,コケシノブ,ゼニゴケシダ
西表島はシダの宝庫であった.西表島には、九州本土以北にない美しく、珍しいシダ植物の宝庫で、日本にある約700種のシダ植物の内、200種のシダ植物が自生し、その多くは熱帯アジアとの共通性が高く、本土との共通性は低く、園芸的価値が高い。これら西表島のシダ植物は、新しいタイプのインドアプラントとして期待される。さらに、珍しくて美しく、大型のシダ植物は、熱帯、亜熱帯のムードを醸し出す西表島や沖縄の観光資源としての需要も期待される。高さ10mにも達しようとするヒカゲヘゴやクロヘゴと言う木性のシダ,葉の長さが2以上もあるものもタカワラビなど5種もあるが,中でもナンヨウリュウビンタイの一枚の葉は4mに達する.シダの葉とは思えないヤブレガサウラボシ,ツル性のイリオモテシャミセンズル,江戸時代には投機の対象になった古典園芸植物のマツバラン,着生のゴウシュウタニワタリなどが繁茂する.西表島の草本層では,新生代の主役である被子植物よりシダ植物の方が生存競争で勝っている.
<西表の農業と人々の生活>
人々の生活も本土とは大きく異なっている.集落はすべて海辺で,元々は何らかの形で海で生活している人ばかりであった.潮汐など月の満ち欠けに関係するのでお盆や正月など行事は今でも旧暦で行うことが多い.その時には三味線など音楽が盛んで,沖縄県の中でも石垣など八重山地方が,八重山地方の中でも西表が最も音楽の盛んな所でほとんどすべての家に三味線があり,民謡の数も沖縄で最も多いと聞いた.
沖縄の島はサンゴの風化した島尻マージと呼ばれるアルカリ性の土壌と国頭マージと呼ばれる礫層,千枚岩,火山岩に由来する酸性土壌とがある.沖縄本島南部や石垣などのサンゴ礁が隆起し石灰岩化した島では地下に鍾乳洞が発達し,平坦で川のできない島が多い.従って沖縄の多くの島には水田が少ないが,西表の大部分はサンゴ石灰岩でできた島ではないので川が発達し水田がある.水田があると田起こしなどのため役牛として今でも水牛を飼っている農家があり,フィリッピンなど東南アジアとよく似た風景が見られる.水牛は,英語でWater buffalo,フィリッピンではカラバウと言い,角が大きく見た目は恐いが,性質が穏やかで,粗食に耐える.高いお金を出してトラクターを買うか,一年中毎日水牛の世話をするかの判断で,今でも水牛を飼っている農家もある.
本土でも野菜の生産は,夏の暑くて雨の多い時困難で,夏野菜は北海道や長野など高冷地で作られる.東南アジアなど熱帯で野菜が作りにくいのはこの期間が長いと理解すればよい.沖縄では本土以上に野菜の取れない時期が長く,トマト1個が200円,キャベツ4分の一が500円もしたが本土からの導入で少し安くなっている.西表では高温時にも比較的作りやすいウリ科の作物を作ったり,パパイヤの青い果実を野菜として用いている.
悲惨な炭坑秘話は日本各地にあるが,西表はその上を行く悲惨さであったとも聞く.マラリアによる集落の壊滅など人々の歴史にも興味が持てる.